時代を超えたヒットソング J-POPアンソロジー 最大級の「微妙」

厚みのあるコーラスで、ミュージシャンを支える女性シンガー2人。

久々に聞いた 私の青春時代の曲の中で彼女らの声を聞いたとき、私は彼女らの生い立ちや、日本でのデビュー果たした時の心情を想像してしまうのである。

これくらい、微妙だったんじゃないかな?って。
どれくらい微妙って…

J-POPアンソロジー
J-POPアンソロジー

時は激動の50年代後半、場所はアメリカのデトロイト。

幼い頃から歌うことが大好きで、数々のR&Bミュージシャン達に憧れを抱いた2人の黒人少女。それぞれ別の人生を歩んでいた2人は、町外れの教会で運命的な出会いを果たすことになる。

豊かな声量、そして生まれ持った抜群のリズム感と音感が評価された2人は、ゴスペルクワイアで重要なボジションを任せられるまでに、そう多くの時間は必要としなかった。

やがて自分達だけで音楽活動を始める事となった2人は、高校生になると学校の文化祭でも喝采を浴びるようになり、地元のタウン誌等でも その活動を頻繁に紹介されるようになる。

「これからも、大好きな歌で共に生きて行こうね!」
クリスマスパーティーのステージ裏でそう誓い合った二人は、プロのR&Bミュージシャンとしてメジャーデビューを夢見て NYでの生活を始めた。

ストリートやライブハウスでの地道な活動の甲斐あって、演奏が運良く音楽プロモーターの目にとまり、CDデビューを果たすことが出来た。

その後も何枚かのCDをリリースするも、彼女らのグループがビルボードに登場する事はなかった。
そんなとき、彼女らは事務所の社長に呼ばれる。

「お前達、日本でやってみいなか?」
「日本?」
「そうだ。日本のあるバンドが、コーラスを探しているらしいんだ。」
「コーラス?日本人のバックなんて嫌よ!冗談じゃないわ!」
「まぁ待て!ボーカルの日本人はとても有名だから、メディアへの露出も多いぞ。お前達は それをステップにすれば良いじゃないか。」
「…わかった。やってみるわ。」

一大決心の末、将来への希望を胸に日本に上陸した2人がついたロックバンドがラ・ムーだった…

と、彼女らにとっては、これくらい「微妙」だった経験は 今までにないんじゃないかな?って。

大きなお世話なんだろうけれど。

J-POPアンソロジー お取り寄せ・購入先情報

通販日記のトップへ 実践! e-shoppers.のトップへ
【スポンサーリンク】

【参考資料】
ラ・ムーの動画
http://www.youtube.com/watch?v=iaW5gaSSgt0


コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ